自民党県議団で対馬視察

7月17日から20日まで自民党県議団で対馬に視察に行ってきた。
対馬への飛行機便の都合で17日は福岡泊まりになるため、この日は航空自衛隊西部航空方面隊を視察した。
西部航空方面隊は福岡市の近く春日市にあり、四国をはじめ西日本の空の守りの要である。4,5年前に高知県防衛協会が司令を高知市に招いて講演会を行ったことがある。
ここには飛行隊いないが、西部航空方面隊はF4ファントム改を中心とする第5航空団が宮崎県新田原基地に、F-15F-2戦闘機を主力とする第8航空団が福岡県築城基地にあり、数箇所にペトリオット対空ミサイル部隊を持っている。
この日は司令官が不在で副司令官の米沢敬一空将補と総務部長の篠田一等空佐が対応してくれた、二人とも戦闘機パイロットだ。
説明では近年ロシアに加えて中国軍機に対するスクランブル発進が増えているそうだ、具体的なグラフで説明を受けた。ここの隊員が一番中国軍の増強を脅威に感じている。
翌日は朝6時30分にホテルを出発、7時50分発の飛行機で対馬に向かった、実質20分ほどの飛行時間で8時25分に対馬やまねこ空港に着いた。
途中で壱岐島が見えたが、平坦で田園の多い島であった。それに比べて対馬は99%が山、たった1%の平地に島民が住んでいる。しかも急速に過疎化が進んでおり現在の人口は3万5千人である。
ここには陸海空の3自衛隊の基地があり、740名の自衛官が駐屯しているという。
始めに視察したのは対馬市の中心地厳原町(いずはらちょう)にある陸上自衛隊対馬駐屯地である。
警備隊長の谷村博志一等陸佐の説明を受けた。
対馬警備隊は西部方面隊第4師団に所属し、警備隊総員360名と会計、通信などの隊員を含めて約400名がいる。
地元住民との関係が非常にうまくいっており、完全武装での街中での行軍訓練、小中学校を使っての訓練なども行われている。
また、小中学校の卒業式、入学式への参加をはじめ地元の祭りや行事への参加は欠かさず行われている。
対馬が歴史的に朝鮮、中国との関係で侵略された歴史を持っているためであろうと思う。
住民の国防意識は非常に高いそうだ。
次に訪れたのが海上自衛隊対馬防備隊である、約160名が駐屯している。
明治38年5月の日本海海戦対馬沖で行われた、その数年前から対馬に旧帝國海軍が駐屯して以来継続して駐屯している。
ここでは対馬防備隊司令末松勝弥一等海佐の説明を受けた。
この基地は所属の艦艇は一隻もない、島の南北を通過する中国や朝鮮、ロシアの艦船を監視したり、艦船のスクリュー音の監視が目的であると聞いていたので私が質問したが、司令は「答えることができませんが仕事はしております」ということであった。
また、私が宿毛の出身だというと、末松司令は元々潜水艦乗りで宿毛には何度か入港したことがあると話していた。
この基地の隣の敷地が韓国人に購入されてマスコミが何度か取り上げた。
ここの実情を聞くのが今回の視察の目的の一つであったが、副司令の話では、日本は沖縄や岩国、横須賀と米軍基地があるのになんでここだけ注目されるのかと不満そうに話しておられた。
実際、私も行って見るまでは韓国の旅行者が多く、いたる所韓国人が土地やホテル、民宿などを買い、迷惑しているのではないかと考えていたのだが、現地は韓国人観光客が大きな経済活動を支えており、島民も極めて友好的であることがわかった。
もちろん一部に「韓国人お断り」の看板を掲げている居酒屋もあるし、韓国人観光客の行動を快く思ってない人達がいるであろう事はわかったが、多くは日韓友好を求めていると感じられた。
次に訪れたのが対馬の北の果てにある航空自衛隊海栗島(うにじま)分屯基地である、基地は船で5分の距離に浮かぶ小島全体基地になっている。
島に渡るのは民間船を借り上げて通船として使っている。
この北端の地の山の上に釜山が見える展望所がある。この日はあいにく釜山は見えなかったが、49.5キロ先が釜山である。
この基地は朝鮮戦争時、昭和27年7月に米軍がレーダーサイトを開設したのが始まりで、その後昭和31年に航空自衛隊が引き継いだとの事である。
司令の柴原弘明2等陸佐は46歳の航空管制官、一般隊員から幹部候補生学校に進んだたたき上げだ、昨年8月に赴任したそうだが、明るい性格でよく笑う楽しい司令だ。
この司令の元で仕事ができる隊員はやりがいがあるであろうと思われた。
我々が到着すると、10名ほどの隊員が整列して玄関で出迎えてくれた。また、帰りはそれぞれの小隊の旗を掲げて桟橋から見送りをしてくれた。
この基地でも仕事内容は教えてくれない。
我々が行った事に対する配慮か?視察中に築城基地所属のF-2戦闘機が2機飛んで来てバンクしながら島を往復してくれた。
今回の自衛隊視察の段取りは自衛隊高知地方協力本部の杉本本部長が手配してくれた。
高知県防衛議員連盟は講演会や視察などで杉本本部長にずいぶんお世話になった。
視察帰った20日(金)の夜は杉本本部長の転勤祝いが行われた。
今度は東京にある幹部学校の教官になることが内定し、7月末で高知を離れるというので昨夜遅くまで付き合っていただいた。
はじめて対馬を訪れ、対馬市の市議会議員有志とも意見交換を行ったが、現地に行ってみなくては分からないことがたくさんあることを痛感した。
大変勉強になる視察であった。