オーストリア視察その6(最終日)

19日(木)午前9時25分、ホテルの近くの、アッパーオーストリア州エネルギー局を訪問した。
エネルギー局となっていたが、政府機関ではなく州政府主導で民間会社が集まって作った組織だそうだ。
ここではクリスティーヌ女史が説明してくれた。

西内隆純県議は昨年も訪問しており、その時は別の方の説明を受けたそうだ。
この組織の正式名称は、OEC(OekoEnergie-Cluster)、同州における再生可能エネルギー関連の企業および研究機関による産業クラスターである。
同州政府の主導のもと、1999年に構築が決定され2000年に立ち上がった。
OECの主な目的は、再生可能エネルギーやエネルギー効率技術革新の推進およびグリーン・エネルギー・ビジネスの競争力向上の支援、持続可能なエネルギー生産と利用において市場の建設的な発展を促すことである。
2012年現在、技術開発、製造、販売、サービス業など異分野の企業等149の国内機関が加入しているほか、隣国チェコから33の機関が加入している。
エネルギー分野としては、太陽光/太陽熱、バイオマス/バイオガス、風力、ヒートポンプ、地熱、小水力、エネルギー効率技術、省エネ/低エネなどを含む。
クラスター内の雇用は7,200人、売上高は22億ユーロ(約2,200億円相当)である。
特にバイオマス暖房については20年の歴史があり、注力的に取り組んできた。
現在では全EUの25%のバイオマス・ボイラーをOECで製造、輸出しており、日本にも輸出しているそうだ。
また、同州では出力100kW以下の小型システムの市場が伸びている。ちなみに同州には41,000台のバイオマス暖房システムが導入され、うち20,000台は木質ペレット燃料が自動的に供給されるシステムである。
56kw程度のペレットストーブを1軒に設置すると1万ユーロほどかかるそうだ。
また、地域暖房システムは310の地域に導入されている。
OECの経営管理は、同州からの経済的支援を受けつつ、同州エネルギー・エージェンシー(O.Ö.Energiesparverband)が担っている。
11時まで説明と質疑応答を行い、視察を終えた。
11時30分リンツ駅発の特急列車でウィーンへ向かう、12時54分ウィーン西駅着、地下鉄に乗り換えてホテルへ向かった。

【まとめ】
今回の視察で、高知工科大の永野教授のやろうとしているバイオマス発電の仕組みがよく分かった。
永野教授が2年前にオーストリアを視察し、工科大学の周辺で、工科大学の電力をまかなうと同時に、地域のハウス園芸に熱を供給して暖房をまかなうバイオマス発電計画の説明を受けて応援してきた。それが、宿毛市で実現することとなった。その仕組みがよく分かった。
また、出光・土佐電鉄・県森連グループも仁井田でバイオマス発電を行うし、昨年、永野教授が福井照代議士に要請して、国会質問で取り上げられ、東北の被災地でこの取組を行うことが決まっている。
暖房の必要な東北、北海道にとっては大変有効な取り組みであると思う。
また、高知県でもハウス園芸など熱を利用する事業バイオマス発電を組み合わせれば、木材利用と合わせて大変有効な事業であるとの確信をもった。
また、CLT合板は近いうちに大豊製材が取り組む予定で、尾崎知事が全面的に応援すると明言しており、参議院選挙で応援に訪れた安倍総理にも中島社長が要請した。
我々県議会も応援するが、モミや唐桧に比べて強度の劣る県内産のスギを使って強度を確保できるかという技術的な問題、すでに世界各国で建築物の販売実績のある会社に対して、コストの問題などで太刀打ちできるか、厳しいのではないかと思った。
今回の視察は、私が西内隆純県議に頼んで行ったものだが、航空券やホテルの手配、視察地の選定などで西内隆純県議が大変活躍してくれた、おかげで大変有意義な視察ができました。あらためて西内県議にお礼を言います、有難うございました。
【雑記】
今回の視察は公共交通を使うことが多かったが、この地下鉄もバスも一日のみ自由に使える切符を7.1ユーロ(960円)で購入した、通訳のエヴァさんは年間3万円の切符を使っているという。
だが、駅には改札はない、地下鉄やバスに車掌はいない。たまに検札があり、タダ乗りしていることが判明すると罰金が高いと聞いたが、
日本でこのシステムを導入して採算が合うのかな、たぶんタダ乗りが増えるだろうと思った。

また、最終日に数時間ウィーン市内の観光ができました。今回初めてヨーロッパを訪れ、それまでヨーロッパについては行きたくもなかったが、行ってみるとオーストリアの美しい風景とウィーンの歴史を感じさせる街並みと石造りの建物の多くに、歴史の重みを感じた。

また、帰りの飛行機から、20日午前6時頃からちょうど中国東北部、旧満州が見えた。機内の地図では斉斉哈爾(チチハル)、哈爾濱(ハルピン)の間であった、この南には長春もある。
思ったより沼地か湖の多い地域であり、工業団地や、大規模な農地がいくつも見えた。中には戦前に日本が建設した工場もあるのだろう。
今回の視察に出かける際に、再読であったが浅田次郎の「中原の虹」を持って行って読んでいた。この本は満州馬賊から、中国北部の覇者となり、最後は爆殺された張作霖の物語である。
一万メートルの上空から満州国に関わった石原莞爾、河本大作、東条英機岸信介などの旧陸軍軍人と政治家、また、張作霖袁世凱、馬占山などの中国人軍人、馬賊の顔を思い描きながら大地を見つめていた。
帰りはウィーンから、アムステルダム空港へ約1時間45分、3時間15分の待ち合わせ後、関空行きの飛行機は偏西風に乗り、飛行時間10時間、行きより1時間短い。21日午前8時20分関空着、伊丹空港へ移動して午後1時20分高知空港へ着いた。長かった。