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議会最終日、集団的自衛権容認反対の意見書の反対討論に登壇

議会最終日は全議案を全会一致で可決したが、いくつかの意見書議案について討論が行われた。

私は共産党と県民クラブから提出された「集団的自衛権の行使を容認しないことを求める意見書議案」に反対の立場で討論を行い、この意見書議案は賛成少数で否決された。

全文を掲載するが、この他に自民党提出の「国会に憲法改正の早期実現を求める意見書議案」も提出され、賛成多数で可決されたが、これは加藤漠議員が賛成討論を行った。

また、自民党は「慎重な参議院選挙制度改革を求める意見書議案」も提出し、こちらは討論なしで、賛成多数で可決した。

12時11分に散会した。

【中西賛成討論】

私は議発第11号の意見書議案に反対の立場から討論をいたします。

集団的自衛権行使の例としては

ワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキアに軍事介入した「チェコ事件」、

アメリカが南ベトナムに介入したベトナム戦争の事例があげられます。

しかし、現在ではこれらの集団的自衛権を援用したのは誤りであったとの見方もあります。

我が国においては、

憲法制定を審議した当時の昭和21年6月26日の衆議院本会議で吉田茂総理は「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定していないが、第9条第2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したものである。」と答え、また同28日の衆議院本会議では、共産党野坂参三議員が「侵略された国が自国を守るための戦争は、我々は正しい戦争と言って差し支えないと思う。」「憲法草案の戦争一般放棄という形ではなく、侵略戦争の放棄とするのがもっと的確ではないか。」といった質問に対し、吉田総理は「国家正当防衛権による戦争は正当なり、ということを認めることが有害であると思う。近年の戦争の多くは国家防衛権の名において行われたのは顕著な事実であり、正当防衛権を認めることが戦争を誘発する所以であると思う。」とまで言い切っています。

戦争中に軍部から圧力を受けた吉田総理ならではの言であります。しかし、その後国際情勢の変化と共に、吉田総理の考え方も政府の考え方も変わってまいります。

憲法制定当時の政府は「憲法9条第1項は我が国の自衛権を直接否定していないが、第2項によりこれを行使する手段が物的・法的にないため、侵略に対し自衛戦争はできない」と解釈し、(個別的・集団的)自衛権による戦争は実質上放棄している、とした解釈から、

昭和56年(1981年)の鈴木内閣において、「我が国が、国際法上、集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるので、憲法上許されない」とする現在の政府の解釈まで、幾度も解釈の変遷があります。

それでは、当初我が国の独立を守るためにはどうするかというと、国連に守ってもらうという考え方でありました。ところが、戦後間もなく米国対ソ連・中国の東西冷戦がはじまり国連が機能しなくなりました。

昭和25年6月25日、朝鮮戦争が勃発すると、日本は米国の要請で同年8月10日に警察予備隊を発足させ、翌年の昭和26年9月8日には日米安全保障条約を締結し、日本の安全を米国に依存させることを決めました。

さらに、昭和27年10月15日には保安隊の発足、そして昭和29年7月1日には自衛隊を創設し、同年12月22日、大村防衛庁長官衆議院予算委員会で「自衛のための抗争は放棄していない」と答弁しました。

その後現在に至るまで、日米安保条約に基づき、自衛隊は防衛戦略において盾の役目を果たし、攻撃力、槍の部分は米軍に依存し、専守防衛を国防の基本方針としてまいりました。

米軍と協力しての防衛体制の確立が、戦後一貫して我が国の基本戦略でありました。

 

一方、司法判断についてみると、昭和34年(1959年)のいわゆる砂川事件の判決において、最高裁判所が初めて憲法9条の解釈論を行いました。憲法第9条第2項は「戦力の不保持」と書いてありますが、憲法の前文では「国民の平和的生存権」を認めています。主権者たる国民の生存権です。また、憲法前文に平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼することによって我が国の安全と生存を保持しようと決意していますが、国連による軍事的安全措置に限られていません。

こうして、裁判所は「我が国が主権国として持つ固有の自衛権は否定されたものではない」「日本の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」と言いました。

これが文理解釈で初めて正面から言ったものだろうと言われております。

それでは、今なぜ集団的自衛権についての憲法の解釈の変更が必要になったのか、それは日本を取り巻く世界情勢の変化であります。

平成3年(1991年)12月のソヴィエト連邦の崩壊以後、米国の突出した軍事力が世界を支配してきました。

しかし、米国の軍事的な1強時代も、米国の経済的状況に伴って大きく変化しております。オバマ政権は2021年までの10年間で4870億ドル、約50兆円の国防費を削減するとしております。

また、2012年1月に公表された米国の新「国防戦略指針」によりますと、アジア太平洋地域に関しては、米国の経済上、安全保障上の利益が西太平洋及び東アジアからインド洋及び南アジアにかけての弧状の地域の発展と密接に関連していることを理由に、米国は、その安全保障戦略を、よりアジア太平洋地域へ重点を置いたものとすることが記されております。

また、2013会計年度予算要求の際に示された人員の削減方針によれば、2013年から2017年までの5年間で、2012年現在の陸軍56万2千人体制から49万人体制へ削減、海兵隊は20万2千人体制から18万2千人へと削減されることになっており、海・空軍の削減分(1万4百人)と合わせると、まさに10万2千人もの削減が計画されております。

そして、米国がアジア重視と言いながら、イラクアフガニスタンから引き上げた米軍の多くはアジアではなく、米国本土へ引き上げております。沖縄の海兵隊も、一部の陸上部隊はグァム島その他に移転され、東アジアには少ない兵力しか配備されておりません。

このような米軍の大幅削減計画の中で、中国は毎年大幅に軍事費を増大させており、その軍事力を背景として、東シナ海南シナ海で日本やベトナム、フィリピンなどと緊張を高めております。昨年1月には中国海軍の軍艦が海上自衛隊護衛艦と哨戒ヘリコプターに対して、火器管制レーダーを照射するなど、不測の事態を招きかねない行動をとりました。

この背景にあるのは、南シナ海においては当該海域に300億トンから700億トンの石油とガスが埋蔵されていると推計されるからであり、一部ではすでに採掘しているといわれております。東シナ海尖閣諸島においても全く同じ状況であります。

中国は、ベトナム戦争末期で、すでに米軍が南ベトナムからほぼ引き上げた1974年1月に南シナ海西沙諸島に侵攻し、南ベトナム海軍と戦闘を行い、南ベトナム海軍に34名の戦死者を出しております。

また、1988年には南沙諸島赤瓜礁においてベトナム海軍に攻撃を仕掛け、ベトナム海軍に死者行方不明者125名を出しております。

このような状況の中で、昨年9月10日にオバマ大統領は全米向けにシリアに軍事介入しないとして演説し、その中で「米国は世界の警察官ではない」と言いました。

この後、中国は西沙諸島南沙諸島の自国が実効支配している地域で活動を活発化させ、尖閣諸島でも同様な行動をとっており、11月には日本の防空識別圏にかぶさる地域に「東シナ海防空識別圏」を設定したと宣言し、公海上空における飛行の自由を妨げるような動きをしています。

そして、最近では、5月24日と6月11日に、東シナ海の公海上空において中国空軍のスホイ27戦闘機が航空自衛隊YS-11電子測定機などに約30メートルまで接近するという、大変危険な行動を四度も繰り返しております。

また、ロシアはクリミアを「併合」し、未だにウクライナでは深刻な状況が続いております。

ロシアと中国は、米国が引くと即座に領土拡大の行動に出る。これが国際情勢の現実です。

 

このような国際情勢の下で我が国が平和と安全を維持するためには、米国とのより緊密な日米同盟体制を確立し、抑止力を強化することが必要であります。

このような背景を受けての今回の集団的自衛権閣議決定は「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。」となっており極めて限定的な範囲での行使容認であります。

以上述べたように、この意見書議案に反対するものであります。何卒議員各位のご賛同をお願いいたします。