憲法改正の具体的な議論と、昨年からの集団的自衛権を認める閣議決定における政府の憲法解釈は分けて考える必要があります。
自民党はすでに憲法改正草案を提示しているので、具体的な憲法改正案についてはこの草案をもとにして議論されます。
一方、現憲法の解釈についてはこれまで何度か変更されています。
憲法制定時の世界情勢は、昭和20年5月にはヨーロッパ戦線においてナチスドイツが降服し、太平洋戦線では8月に日本が降服し第二次世界大戦が終わりました。
連合軍指導者は、もう世界を巻き込む戦争は二度とやらないと心底思っていたことがチャーチルの「第二次世界大戦」という本にも書かれています。
第一次世界大戦後の大正8年(1919年)6月に設立された国際連盟は失敗したが、今度は失敗しないとの思いを込めて国際連合を設立した(昭和20年6月26日決議、10月24日活動開始)。今後国際紛争が起こった際には国連が解決するというルールを作った。
そして、日本を非武装とし、日本に対する侵略の企てには国連が対処する、米国にはこの体制を世界に広める思いがあった。
敗戦直後の現憲法の制定当時に政府がどういう解釈をしていたか。
昭和21年6月26日の衆議院本会議において、現憲法の審議の過程で当時の吉田総理は次のように述べています。
「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はしていないが、第9条2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄したものである。」
また、28日の本会議においては、共産党の野坂参三議員との間でこんなやり取りがありました。
野坂議員は「侵略戦争は正しくないが、自国を守るための戦争は正しい。憲法草案の戦争一般放棄という形ではなく、侵略戦争の放棄とすべきである。」と質問しました。この当時の共産党はまともでありました。
これに対し、吉田総理は「国家正当防衛による戦争は正当なり、ということを認めることが有害である。近年の戦争の多くは国家防衛権の名において行われたのは顕著な事実であり、正当防衛権を認めることが戦争を誘発する所以である。」と答弁しています。
憲法9条には次のように書かれています。
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。」
この条文を素直に読めば吉田総理の解釈となります。
しかし、その思いも昭和25年6月の朝鮮戦争勃発で吹き飛びました。
朝鮮戦争が起きたために、同年8月、米国は日本に警察予備隊を作り、それが保安隊を経て自衛隊となったが、この時期に憲法改正を行うべきであったと思いますが、日本の政治状況でそれが出来ませんでした。
そこで、時の政権与党は自衛隊の合憲性について様々な憲法解釈の変更を行ってきましたが、それはこの日本を独立国家として存続させるためでありました。
では現在はどうか、立憲主義という言葉が、時の権力を縛るものだという主張ばかりが目につきます。それは一面ではその通りですが、一方で今年3月27日、高村副総裁がワシントンのシンクタンク戦略国際問題研究所で講演した際にこう言っております。
「憲法は、国民を主権者としている。憲法とは、国民が、自らの生存を預けるために、為政者と結ぶ基本契約である。それが立憲主義である。ならば、国民の生存を傷つけるような憲法解釈があってはならない。この強い思いは、安倍総理も同じでした。」
また、「私は、国民を守る憲法が、国民を犠牲にして平和主義を守ることを求めているとは思えません。それは、立憲主義の本旨に反します。憲法は、平和を守ることを求めているのです。国民を犠牲にして、平和主義を守ることを求めている訳ではありません。」
この考え方を基にして日米安保条約を合憲と認定した砂川事件の最高裁判決、すなわち「我が国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、(中略)わが国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能として当然のことと言わなければならない」との法理を正しいとする。
そして、集団的自衛権について
「一国で自国の平和が守れるならば、集団的自衛権は不要でしょう。そんな国は地球上にありません。超大国の米国だって、多くの友邦と同盟関係を結んでいます。一国で自国の平和を守る力のない国が、集団的自衛権を放棄すると言うことは、自分より強い敵が現れたら、国民の安全を捨てるということになりかねません。」
「現在の北東アジアの厳しい戦略環境において、日本が一国で日本の安全を守れるはずはないからです。集団的自衛権を行使しなければ、日本の安全を守れないのであれば、その限りにおいて、集団的自衛権の行使もまた、認められなければなりません。
憲法上もそれが認められていることを明らかにしたのが、昨年の憲法解釈の変更です。この当たり前のことを言うのに、実に70 年かかりました。」
一昨年9月、シリア内戦に関してオバマ大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」と発言しました。
その半年後、ロシアのプーチン大統領は2014年3月にクリミアに侵攻しました。その後、ロシアは西側諸国から経済制裁を受けており、日本もそれに加わっていますが、昨年8月北方領土で千人規模の軍事演習を実施しました。これは北海道侵攻を想定した演習であるとの見方もあります。
また、クリミア侵攻以来、ロシア空軍の日本領空接近行為も一挙に増加しています。
スクランブルは、対ロシア軍が平成24年度は248回→359回、平成26年度は473回と急激に増えた、これらの行動は日本に対する威嚇行為だ。
(参考までに対中国軍へのスクランブルは、H24年度は306回→415回、H26年度は464回)
集団的自衛権の本質は、米国の力が衰え、その分、中国が大きくなり、しかも軍部への統制が効かない国になりつつある。米国だけで世界の秩序を管理できなくなっており、同盟国がこれまでより米国に協力する体制を作る必要がある。
ヨーロッパにおいては米国とNATOの間には集団的自衛権があるが、アジアにおいて日米間にはそれがなかった。