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東京宿毛会に出席

22日(土) 午後4時30分から東京在住の宿毛市出身者の親睦会である「東京宿毛会」に初めて出席した。

この会は県議時代に何度か案内を頂いていたが出席する機会がなかった。

会長の伊賀朗氏(あきうじ)氏は江戸時代の宿毛の殿様の子孫だそうだ。

宿毛市からも中平市長、立田宿毛商工会議所会頭をはじめ14名が出席し、総参加者は六十数名だという事であった。

日本芸術院会員で文化功労者の奥谷博画伯、最近お知り合いになり初対面であった岡添亨、久しぶりに再会した居酒屋「酒楽」の佐竹のオヤジさんなどと楽しい話ができた。

伊賀会長の話では、この会は元々「吉田茂を語る会」として発足したそうで、会長が学生時代には吉田内閣の副総理であった林譲治先生などそうそうたる会員がいたそうだ。

また、会場で配られた「土佐すくも人」という小冊子には、前会長の後藤英輔氏(元公正取引委員会委員で、昨年96歳で他界された)が平成11年に寄稿された「浜口庫之助の思い出」という文を興味深く読ませて頂いた。

作曲家・浜口庫之助氏は後藤英輔氏の2つ上で旧制中学時代からなくなるまで親友であったそうだ。

浜口庫之助氏は神戸生まれだが父親宿毛市坂ノ下の出身で、子供の頃は夏休みによく宿毛へ帰っていたそうだ。

林さすが氏が宿毛市長の時にその話は聞いていた。今は生家ないが石碑が残っている。

この小冊子には浜口氏の未亡人である浜口真弓さんの寄稿文も載っている。

宿毛からは明治時代には維新に貢献した吉田茂先生の父・竹内綱、その長男で小松製作所の創立者である竹内明太郎、明治10年の西南の役当時に鹿児島県令を務め、西郷隆盛先生をはじめ反乱軍戦死者を葬い、今も城山墓地に石碑の残る初代北海道庁長官を務めた岩村通俊、その弟の林有造(明治時代の逓信大臣、農商務大臣)、岩村高俊(貴族院議員)の三兄弟などそうそうたる人々が出ているが、その子孫の方達も出席されて親しくお話を聞く事が出来た。