高知県遺族会フィリピン慰霊巡拝団に参加して、その3

1月31日(木)今日は最終日、カリラヤでの合同慰霊祭の予定だ、昨夜遅く尾崎知事一行(地域福祉政策課山地課長外1名と知事秘書)がホテルへ着いたはずだ。
午前6時30分ホテル発、尾崎知事が遺族会の皆様と少しでも話ができるようにとのことでバスに同乗した。
9時10分カリラヤ日本人戦没者慰霊園着、ここは日本のフィリピンに対するODA援助の見返りに、当時のマルコス大統領が土地を提供して日本のお金で整備した公園である。9年前より管理する人間が多い、今日だけであろうか。
9時30分慰霊祭開始、知事は飛行機の時間の都合があり、初めに記念撮影。
8名の戦没者のご遺族が追悼の言葉を述べ、心を打たれた。また、知事が参列したことでマニラの日本大使館から大使代理が参加して追悼の言葉を述べた。(写真)

10時55分、知事一行は空港へ向かうため退席、忙しい日程だ。
慰霊祭はそれから1時間ほど後に終わり、近くのレストランで昼食。
9年前にはマニラに帰る途中でモンテンルパの墓地に寄った。
ここは山下奉文陸軍大将が絞首刑になった刑務所跡で、前回来た時は絞首刑になったという木も見えた。
また、B・C級戦犯のお墓もたくさんありお参りしたが、今回は墓地に全く入れないという事であった。理由はよく解らない。
フィリピン遺族会が団体で慰霊巡拝を行うのは今回が最後だという事だった、遺児の皆様も高齢化し、来年以降どうなるかわからない。
私はニュ―ギニアの慰霊祭にも同行を依頼されていたが、参議院選挙の直前なので行けなくなった。
しかし、戦死者を想うご遺族のお気持ちはよく解る。
中谷元代議士から、政権与党に返り咲いた自民党は、新たに戦没者のご遺骨の収容に取り組むとの話もいただいている。
私は今後も戦没者のご遺骨の収容慰霊巡拝などには積極的に関わっていくつもりである。