田村秀男「現場記者50年の証言 現代日本経済史」を読んだ

日本経済新聞記者で、現在は産経新聞特別論説委員の田村秀男氏の書いた上記の本を読んだ。

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あらためて、田村秀男氏の記者としての取材力の高さに感服いたしました。

この本の目次の中で、私が大変興味深かった項目を紹介します。

まずは1970年代です、

・「日米繊維交渉と岡山県

現在も続く日米貿易摩擦の取っ掛かりです。

この後、国民には伝わりにくくした日米構造協議に続き、我が国は未だ米国の経済的属国のようになったままです。

・「ドルショック」、「オイルショック」、「原子力発電ブーム」、「スリーマイル島原発事故」、「ロッキード事件

私が、大学生時代に「ドルショック」がありました。それから「ロッキード事件」に至るまで、衝撃の事件が続きました。

また、私が原発に興味を持ったのはこの頃からです。

当時、田村記者が書いた「核メジャー"石油以後"を制する者」(日本経新聞社編)は、2日前に国会図書館で一部を読み、アマゾンに中古本があったので買いました。今日届くので読むのを楽しみにしております。

当時、世界中を飛び回って核メジャーの幹部に突撃取材をしております。

昨日、田村秀男さんと電話で話しました。

私がこの当時の取材力は凄いですね、と言ったら田村さんは「自分でもこの本を読み返してみて、よくあれだけ動き回れたなと思ってます。」とのことでした。

これに関連して、日本が2000年代初め、核兵器を国産で造れるかどうかを検討した事も「核武装できない日本」の中に書かれており、産経新聞で3度にわたり連載されたそうですが、初めて知りました。

また、日本の原子力発電の技術、特に数年前に東芝が米国の原子炉メーカーであるウェスティングハウス社(WH社)を買収したが、買収後、WH社原発売り込みで巨額の赤字を抱えていたことが判明して東芝自身が解体寸前に追い込まれている事は、私が大変興味を持っている事件ですが、その取っ掛かりが書かれています。

当時、記者として現場を歩いた田村氏の行動力は臨場感があります。

・「『米国の"キャッシュ・ディスペンサー(現金自動支払い機)"にはならないと』ブッシュ大統領に伝えた中川昭一財相」では、田村氏は中川昭一財務大臣の通訳として現場にいます。

この発言が、その4ヶ月後の2009年(平成21年)2月14日、イタリアローマでの朦朧記者会見→財務大臣辞任に繋がったのかどうか。

「1997(平成9)年、当時の橋下龍太郎首相がニューヨークでの講演で「私は何度か米国債を売りたい誘惑に駆られたことがある」と発言し、ニューヨーク市場を震撼させ、ホワイトハウスや米議会の有力者を激怒させました。この発言がもとで、米国の不信を買った橋本氏が政治生命を失ったとは、2008年当時でも流れていた永田町の伝説です。」との記述と同時に書かれております。

最後は安倍晋三元総理との交流と「安倍晋三回顧録」の話しと、デフレが25年以上続いているにもかかわらず、均衡財政、増税政策を続ける愚かな財務官僚に対する反論、正論です。

是非、ご一読していただく価値のある本です。