剛柔流沖縄館の仲本喜一館長訪問と嘉手納基地訪問

8日(月)午前9時15分、沖縄市剛柔流沖縄館の仲本喜一館長を訪問した。

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仲本館長は、王道空手佐藤塾の友好団体で、私とは四十年来のお付き合いだが、私は5年前に沖縄館で短期合宿を行い、沖縄古武道を教わりました。今日も私が稽古に来たと思っておられて空手着姿でした。

仲本先生は昭和4年生まれの93歳と話しておられたが、本当に元気です。力を頂きました。

次に、すぐ側の米空軍嘉手納基地を見渡せる「道の駅嘉手納」を訪れた。

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昨日までは、中国軍が台湾周辺で軍事演習をしていた為に、頻繁に戦闘機が飛んでいたそうだが、今日は通常の訓練でしょう、輸送機とF-15戦闘機が離陸して行きました。
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「道の駅嘉手納」は最近新しくなり、下の写真の外側にある展望所が新しく作られていました。
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第二回沖縄空手世界大会を見学

6日から第2回沖縄空手世界大会を見学するため。沖縄を訪れました。

また、今年9月の県知事選挙に再出馬予定の佐喜真さんは空手家で、その応援も兼ねて訪れました。

この大会は四年前に第1回大会が開かれ、4年ぶりの開催です。4年前にも見学に来ました。

8月1日から開催されており、競技種目はそれぞれの流派別の型、首里泊手系、那覇手系と、沖縄古武道の棒(棍)とサイの3種目です。

今回はからは第1回沖縄空手少年少女世界大会も開かれました。

6日は沖縄空手会館の会場で那覇手、上地流系の型の試合を見学しました。

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下の写真左側は剛柔流沖縄館那覇支部長の外間博師範。

私とは四十数年前、王道空手道佐藤塾時代からの後輩で、今回の大会でも、那覇手系空手型の審判も務めております。空手の達人です。
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以下の写真は、7日の県立武道館での準決勝、決勝の様子です。
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世界27ヶ国から選手が参加しているそうで、国旗が掲げられてました。
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選手は少年男女から成年男女Ⅰ、Ⅱ、壮年男女、シニア男女と分けられ、最高齢は60歳以上の選手が参加しております。
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また、ホテルへ帰ろうとしたら、この日は、「エイサー1万人集会」が、国際通り歩行者天国を中心に4ヶ所で開かれておりました。(後でTVニュースで知りました)
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コロナ禍の為、事前の宣伝をしていなかった、とタクシーの運転手さんから聞きました。

この会場は沖縄唯一のデパートである「パレットくめじ」前の広場です。

その時出演していたのが、糸満市の「心」というグループで、エイサー大好き人間の私は、感動して涙が出てきました。獅子舞も出ました。

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台湾を巡る米中の駆け引き

米国のペロシ下院議長が台湾を訪問したことにより、台湾周辺で米軍と中国軍との緊張が続いている。

そもそも中国を覇権大国にした原因は、1972年2月の米国のニクソン大統領による中国電撃訪問に始まる米中の外交復活にある。これを主導したのはニクソン大統領時代のキッシンジャー補佐官であった。

その後、日本も台湾を切り捨て日中国交回復を果たし、米国と日本が中国に対する経済援助を続けた結果が今の状況である。

米国政府はトランプ大統領の時に、対中国政策の誤りにやっと気付き、180度政策を変更した。

それが、2020年5月のトランプ大統領の演説に続き、オブライエン安全保障担当補佐官、レイFBI長官、バー司法長官、ポンペオ国務長官など、一連のトランプ政権の要人の演説です。

しかし、日本の経済界の中には、未だ中国の本質に気付かず、対中投資を続けている経営者がいる。

改めて戦前の黒龍会の設立者で主幹の内田良平翁の対中感を胸に刻んでおります。

内田良平はシナ人を次のように見る。(大正2年、1913年)日本政府への建白書

①何事も金銭万能

②平気でウソをつく

③恩を恩とも思わない

④事実を平然と改変する

⑤約束を守らない

⑥自己の利益のみに執着する

縁故主義

⑧職権で私腹を肥やす

⑨常に敵の分断・陰謀を策す・・・】

この見方は今でもあてはまる。もっと詳しくは、同時代に長野朗拓大教授が「支那の真相」「支那三十年」という本に詳しく書いている。前にこのブログで復刻版を紹介しました。

良し悪しの問題ではなく、日本人と中国人の考え方の違いなので、これを踏まえた上で付き合うしかない。

日米等の中国に対する経済支援のおかげで中国経済は急激に発展し、そのおかげで、中国の軍事予算は、公表国防予算の名目上の規模は、1991年度から30年間で42倍となっており、2021年度は約1兆3,553億元であり、日本の防衛関係費の約4倍となっている。

今朝のTVニュースを見ていたら、中国の報道官が、台湾周辺で実施中の軍事演習に対するコメントで、今の中国は、百年前のやられっ放しの中国ではないと話したそうだ。

これが、隣の国の現状だ、目覚めよ日本人。

本棚の整理で懐かしの本に出会う

議員退職後の棲家で、昔読んだ本の再読をやろうと思って、自宅と倉庫の本棚を整理していたら、学生時代に読んで感動した本を見つけて再読した。

下の2冊は私の思想形成の原点となった本です。

三島由紀夫、森田必勝両烈士が昭和45年11月

25日に、市ヶ谷台の陸上自衛隊東部方面総監部で割腹自決を遂げた壮絶な事件に感銘を受けたのは大学受験の予備校時代でした。

大学入学後、森田必勝さんが所属していた日本学生同盟に、覚悟を決めて入会しました。

そこで、林房雄先生の薫陶を受けました。

下の本は日本学生同盟(以下、日学同と略す)の機関紙であった日本学生新聞で、三島事件の後に連載された対談を本にしたものです。

ちなみに当時日本学生新聞を編集していたのが、現在の中国問題研究家の宮崎正弘さんでした。

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この本の中で、林先生は、お茶の水女子大学教授の勝部真長(かつべ みたけ)先生との対談の最後の方で、

「東洋の運命とか日本の任務とか考え、大義に殉じようとする考えは、むしろ戦後派にあると私は見ています。

日学同のメンバーでも日本歴史にまだ無知なものが多いけれど、これは学校で習わなかったのだから仕方ない。今に自ら学ぶでしょう。」

日学同に入って一番驚いたのが、先輩方の歴史観でした。私がそれまで学校教育で教わった歴史とは全く違ってました。

それに気づいてから、林房雄先生をはじめ、この対談に出てくる先生方の本を読みまくりました。

また、日学同は、多くの先生方の生の講義を受ける勉強会を与えてくれました。

私がそれまで学校で教わっていた歴史は、米国の占領軍が作った歴史観でした。

その反省のもとに勉強し直した歴史観は、その後私が、宿毛市議会議員、高知県議会議員、参議院議員と政治活動をする上で、多くの同僚、先輩議員、支援者から評価を頂く要因となりました。

森田必勝さんは、日学同の行動隊であった全日本学生国防会議の初代議長を務めた後、三島由紀夫先生と行動を共にする為、仲間を連れて日学同を脱退して「楯の会」を結成しました。

その4年後に、私が全日本学生国防会議の第5代議長を引き継ぐことになりました。

次の本は、当時世界的な数学者で、保守思想の論客でありました奈良女子大学教授の岡潔先生との対談本です。

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岡潔先生の講演を何度か聞く機会がありましたが、本当に宇宙人のような方でした。

須田慎一郎氏の番組に中村裕之衆院議員が出演しました。

須藤慎一郎さんの番組に「責任ある積極財政を推進する議員連盟」の共同代表である中村裕之衆院議員が出演しましたのでご覧下さい。

この番組冒頭で話題になっている7月20日の懇親会は、積極財政議連の役員懇親会で、私も出席して須藤さんとお話ししました。

本来であれば、安倍晋三先生とお話しできる事を楽しみにしておりました。

https://youtu.be/-dmWirhjt_g

韓国併合

議員活動を終え、倉庫の本棚を整理していて、何冊か再読したいと思う本を見つけ、読んでいる。

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この本は平成25年の1月22日読了とメモしてあるので、9年前の高知県議時代に読んだものだ。

この本は韓国併合の中心人物であった外務大臣小村寿太郎の活動を通して検証したものである。

韓国併合については韓国民の反対運動も大きかったことは事実である。

しかし、李完用内閣は賛成であり、また一心会、大韓協会などの政治団体も併合推進派であった。

日本国内では、伊藤博文はじめ、韓国併合に反対している政治家が多かったようだ。

その理由は、当時の韓国財政が完全に破綻していたからである。

そして、それを承知している列国の対応も、以下のように述べられている。

【「併合は自然の成り行き、以外のことにあらず」

 とする清国政府当局者の声明に見られるように、ロシアをはじめイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカの諸国も、揃って併合を承認した。】

韓国政府の財政がいかに破綻していたかの記述を。この本から抜粋します。(【  】の部分)

日清戦争の終盤、明治28年3月当時の話である。【「当時、朝鮮の国家財政は、破綻状態に追い込まれていた。

 宮廷の乱費を中心とした放漫財政が原因である。政治かけひきにあけくれて、内政改革を怠ってきたツケと、日本政府は見ていた。官吏や軍人の俸給が未払いのまま、何ヶ月も放置されていた。彼らの不満が高まれば、第二の壬午軍乱が勃発する危険がある。日本政府は、朝鮮政府に三百万円の借款を供与した。この金額は同国の年間予算に匹敵した。」】

【「これが、国家なのだろうか」

 大蔵省主税局長の目賀田種太郎が、韓国政府財政顧問に就任したときの第一印象である。

 彼が愕然としたほど、当時の韓国財政は政治とともに紊乱の極にあった。……

 就任二年目(明治三十八年度)の韓国政府の財政は、歳入が七百四十八万余円、歳出が九百五十五万余円となった。これは歳入で前年度比四倍、歳出は三倍の激増である。…

 財源の不足分は、日本政府からの交付金で補填された。

 手元の資料では同年度と翌年度の補填額は不明だが、四十年度以降は、毎年、百七十万円から五百二十万円が、日本政府から交付されている。】

最後に、併合公布の日から約一ヶ月の十月五日に寺内総督が施政方針の中で語った、朝鮮の財政状況である。

【「朝鮮の財政は、朝鮮区域内の歳入をもって歳出にあてることを原則とするが、不足分は政府が補充する。その額は軍事費を除いて年一千五百万円である。今日、朝鮮の歳入は一千万円内外であるから、いかに巨額なものかお分かりいただけると思う。政府は、この巨額を支出して朝鮮経営にあたる… .」】

自国の政治経済を顧みず、ひたすら内部政争を繰り返すこの国のあり方は、今もあまり変わりない。

また、小村の国防に関する自論は、次の通りだ。

【「平和、平和と百万遍となえても、平和を手にすることができません。真に平和を望むのであれば、国防を確立することです。国防というのは、敵を一兵たりとも国内に入れぬ備えをいうのです。」】

最後に、著者である木村勝美氏の書かれた「あとがき」に次の言葉があり、私はあらためて肝に命じた。

【この作品を書いていて学んだことが一つある。それは世論に迎合すると、国家の運転を誤るということである。いつの時代でも世論とは、実に無責任なものだからである。】

 

議員退職のお礼

7月25日をもって参議院議員の任期が満了となりました。

長い間このブログをご覧いただきまして有難うございました。

明日からは一国民としてブログを続けて行く所存ですので、今後とも宜しくお願い致します。

今日も、私の看板を設置していただいた支援者の方へお礼の挨拶に伺いました。

今日は四万十川沿川です。何と美しい風景です。

心が癒されます。

下の2枚の写真は四万十町(旧十和村)十川です、道の駅から撮影しました。

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次は四万十市西土佐半家です。

沈下橋のたもとで、四万十川を独り占めして泳いでいる方がいました。何という贅沢か❗️
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次の2枚は四万十市川登大橋からの風景、下流側と、次の写真が上流側です。私の最も好きな四万十川の景色です。
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