(写真、私の右隣が照屋幹事長。左端が座喜味政調会長、その右が翁長副会長)
先に行われた、県知事選挙において翁長雄志知事が誕生したことが大きく影響している。
元々、辺野古移設賛成派もやむなく賛成派が多数であった。そこへ、あのバカ首相が何の計画も無く「県外移設」と発言したもので一挙に県内の状況が変わった。
22日(木)は午前9時ホテル発、ジャンボタクシーをレンタルした。始めに最南端の八重瀬町にある高知県戦没者の慰霊碑「土佐の塔」を参拝、ここは沖縄戦で戦死された高知県出身者832柱と南方戦線で戦死された17,713柱をお祭りする慰霊碑で昭和41年に建立された。毎年11月には高知県主催で戦没者慰霊祭を行っているが、地元の教育委員会、中学生、小学生が沢山参列してくれる。
摩文仁へ移動して沖縄県平和祈念資料館を見学、
そして、嘉数台から普天間基地の視察、嘉手納の道の駅から米空軍嘉手納基地を視察した。
タクシーの運転手兼ガイドの与那嶺さんが、沖縄の戦史に非常に詳しく説明してくれた。
何度も沖縄に来ている私以外の3人、とりわけ初めて沖縄に来た西内健、加藤漠県議は大変感動していた。沖縄に来て初めて反戦思想の多い理由が分かった。大東亜戦争において、いかに沖縄県民が犠牲になったのかがよく分かったと話していた。
これは、現地に来て、現地の人達の生の声を聞かなければ分からない事だ。