自民党「骨太の方針」に対する提言書

6月4日(火)、自民党の財政政策検討本部(西田昌司本部長、城内実幹事長)の、来年度予算編成の方針を決める「経済財政運営と改革の基本方針 2024」通称「骨太の方針」に対する提言案が総会で了承されましたので、以下に全文を掲載します。

[なお、私は2022年の財政政策検討本部では、木原稔(現防衛大臣)事務局長の下で事務局次長を勤めておりました。]


「経済財政運営と改革の基本方針 2024」に向けた提言
           令 和 6 年 6 月 4 日
           自由民主党政務調査会
           財 政 政 策 検 討 本 部


1.2025 年度の PB 黒字化に固執することを断固反対する。

 2025 年度の PB 黒字化に固執をし、それを実行すれば、震災復興や異次元の少子化対策、更には防衛費倍増など、重要な公約が実現できない。そればかりか、デフレからの脱却の最後のチャンスを逃すことになる。財政健全化を叫んで歳出を抑制すると、経済成長を阻害し、逆に財政再建が遅れる。経済あっての財政である。


2.建設国債の発行を躊躇すべきではない

 財政健全化の法的根拠は、財政法 4 条であるが、ここで禁止をしているのはいわゆる赤字国債であって、建設国債ではない。にもかかわらず、長年にわたり建設国債も含めた国債の残高を抑制することが政策課題とされてきた結果、失われた
20 年と言われるデフレを作り出したことを忘れてはならない。


3.国債発行は孫子の借金ではない。孫子への貯蓄である。

 「国債を発行して、予算執行すれば、その分だけ民間の預貯金が増える。国債の償還は税金ではなく、借換債の発行により行われている。更に、日銀保有国債の利払い費は日銀法に基づき国庫納付される。従って、日銀保有国債については、その利払いも償還も財政に全く負担を与えていない。事実上政府の借金ではない。」このことは、既に財務大臣が国会の答弁で認めている事実である。国債発行は孫子の負担になってないばかりか、孫子に貯蓄を残しているのである。


4.民間部門の貯蓄超過が日本経済の最大の課題である。

 朝鮮戦争以後ドッジラインが撤廃され、民間部門は積極的に投資が可能となった。バブル崩壊まで一貫して民間企業の IS 投資貯蓄バランスは投資超過が続いてきた。しかし、不良債権処理以後は銀行の債権回収が進み、企業の投資は激減した。その結果、20 年以上にわたり民間企業の IS バランスは貯蓄超過になっている。民間企業の貯蓄超過がこれ程長期にわたって継続している国は無い。バブル期を頂点に長期にわたる税収減が続いてきたが、これが長期にわたるデフレの根本的原因である。民間企業の投資を増やし、IS バランスを貯蓄超過から投資超過に誘導するための政策が必要である。
 民間投資が活発化するまでは政府の積極的な財政運営により資金需要を拡大し、総供給を上回る需要を創出し(高圧経済)、民間の貯蓄超過を解消すべきである。


5.政府と民間企業のネットの資金需要を新たな財政指標にすべき。

 異次元の金融緩和により民間企業が借入をしやすい環境が作られたが、民間投資は期待したほど伸びなかった。デフレで先行き不透明なことと、過去の貸し剥がしのトラウマが民間投資を抑制している。そこで、政府が長期計画に基づき積極的に投資をすることを示すことが必要になる。民間企業はそれが明らかにされれば、需要の増加を期待し投資を増やすはずである。
 ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)+家計貯蓄率=国際経常収支というIS バランスの関係は、事後的ではなくいつでも恒等式として必ず成り立つ。ネットの資金需要が、20 年以上にわたり 0%程度に低迷していることがデフレ構造不況の原因である。ネットの資金需要は常にマイナスになっていることが正常な経済の前提なのである。
 問題は、ネットの資金需要のどの水準で恒等式が成り立つかによって、経済状態は大きく異なることだ。ネットの資金需要が+5%以上であれば、経済とマネーには収縮の力が働き、経済状態は恐慌のリスクが生まれる。ネットの資金需要が 0%程度であれば、経済とマネーが膨らまないデフレ構造不況となる。ネットの資金需要が-5%程度であれば、経済とマネーの膨らむ力が取り戻され、良好な経済状態となる。ネットの資金需要が-10%以下であれば、経済とマネーの膨張が過剰で、スタグフレーションのリスクが生まれる

6.国債発行に量的制限はないが、実物資源の供給力には限界がある。

 供給力を大幅に上回る需要が生ずれば物価は高騰する。国債の発行はインフレ率が極端に高くならない様に機動的に管理をする必要がある。そのための指標として上記の政府と民間企業の部門のネットの資金需要をマイナス 5%に誘導すると同
時にインフレ率の推移にも目を向ける必要がある。国債発行に量的な制限はないが、生産力や供給力には限界がある。資源や食糧、エネルギーや労働力などを国内で十分に調達できる環境を保持することが重要であり、それが国力そのものなの
である。長期にわたる緊縮政策の結果、この国力が著しく低下している。このことこそ日本の危機なのである。


ネットの資金需要補足説明

マクロ恒等式は、経済を生産面と支出面と分配面の三面のいずれの面から見ても同じ(三面等価)だと示している。これを数式で表すと以下の様になる。
Y 【生産面】

= C+I+G+(X-M) 【支出面】 C:消費 I:投資 G:政府支出 X:輸出 M:輸入
= C+S+T 【分配面】C:消費 S:貯蓄 T:税金
支出と分配は同じ、故に以下の式が成立する
C+S+T=C+I+G+(X-M) ①
右辺左辺の C を相殺し、T を左辺から右辺に移動し、I を右辺から左辺に移動
S-I=G-T+(X-M)
S-I :民間の貯蓄と投資の差額
G-T:財政収支
X-M:経常収支
国際経常収支は GDP 対比3%程度で安定しているため、経常収支を 0 と仮定して無視すると、
民間の貯蓄超過=財政赤字となる
G-T<0 の場合は財政黒字を意味するが、その場合は S-I<0 となり、民間が貯蓄より投資が大き
い状態であることを示している
マクロ恒等式が示しているのは、民間が貯蓄超過の状態では絶対に財政黒字にはならないという事実民間の貯蓄超過を放置して、財政再建を目指した緊縮政策が根本的な誤りであることを示している。

戦後の日本経済は基本的に民間が投資超過であった。経済は拡大し、国民の所得も増え、税収も増え、結果的に財政は黒字になっていた。
①の式は次の様にも成り立つ
両辺から C を相殺し、右辺の I と G を左辺に移動する
(S-I)+(T-G)=(X-M)
S-I は家計と企業に分けることができる
家計(S-I)+企業(S-I)+(T-G)=(X-M)
このうち家計は通常貯蓄超過のため家計(S-I)>0
一方で企業部門は経済主体として積極的に投資をするはずなので通常は(S-I)<0 となっている
政府の財政収支(T-G)<0 の場合は財政赤字 (T-G)>0 の場合は財政黒字
ネットの資金需要とは、投資の主体である企業の投資超過(S-I)と政府部門の財政赤字(T-G)の
合計額のことである。投資超過であることが経済を拡大させてエネルギーになるから、民間と政府
のネット資金需要は常にマイナスであることが望ましい。


30 年にわたり日本では、民間と政府のネットの資金需要の合計は概ね 0 である。政府の赤字を
民間部門の貯蓄超過で打ち消してしまい、経済の拡大を押さえ込んでいるのが現実である。

 

尚、民間が貯蓄超過の時に、財政黒字を無理に目指すと、所得が減少する形で貯蓄投資バランスが成立してしまうことになる。その結果、政府債務残高/GDP はさらに悪くなる。これが過去 30 年間繰り返された失敗の本質である。マクロ経済のバランスを無視して歳出抑制に邁進してきた財務省に猛省を求める。

参考資料:講師による講演内容

第 1 回:3 月 7 日 高橋洋一 嘉悦大学教授
「現行 PB をどうすべきか」

 過去 30 年間、日本だけが極端な低成長で、物価も上がらなかった。先進各国が公的資本形成を増やしているのに、日本は減らしてきた。 日本が過少投資となった原因は現行の PB という誤った財政運営による。
 統合政府を考慮していない今の PB は財政健全化4%に固定していることは問題であり、10 年国債金利に連動させるべき。
 IMF の Net Worth では日本の公的部門の財政状況は先進国中2番目に健全だ。CDS レートで
見ても G7 中二番目に健全。政府の財政状況は現行 PB の考え方を改めるべき。「ネットの統合
政府債務」とマネタリーベース増分は黒字要因。統合政府 PB≒現行 PB+1。現行 PB 赤字 1%程
度は問題なし。少なくとも建設国債による投資的経費など見合いの資産があるとみなしていい経
費は現行 PB から除いて算出する。
 社会的割引率を見直すことにより、投資社会を創造する。現在の状況では、成長率>金利なの
で対 GDP 比 2%程度は余裕がある。教育国債という考えも、乗数効果が高いので採用すべき。
BIS 規制導入後、民間の資本形成が減少し、貯蓄超過になった。これが最大の問題。加えて政
府による公共投資が減り、呼び水効果や乗数効果が上がらず、民間投資が伸び悩んだ。せめて、
財政健全化目標を緩め、民間投資を呼び起こすべき。


第 2 回:3 月 13 日 会田卓司 クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト
「新たな財政規律への改革と金融緩和の継続が必要」

 日本経済は過剰な企業貯蓄率が示す構造的なデフレ圧力が残り、デフレ完全脱却を成し遂げ
ていない。緩和的な金融政策と財政政策のポリシーミックスを通じ、企業の投資行動を強化し、企業貯蓄率をマイナスにするべき。
 PB 黒字化目標による財政出動の制限と歳出抑制は、デフレ完全脱却の阻害要因になってい
る。バブル崩壊後、企業貯蓄率が上昇する中、政府も財政支出を拡大せず、2000 年代はネットの
資金需要がゼロに張りついていた。日銀がマネタリーベースを増加させても、資金需要がないた
めマネーが市中に供給されてこなかった。政府支出を拡大し、ネットの資金需要を-5%程度まで回
復できれば名目成長率 3%を実現できる。
 日本の財政の4つのガラパゴス・ルールは、ネットの資金需要をゼロに留めおいた原因である。
1つ目は国債の 60 年償還ルール。60 年償還ルールを撤廃し、債務償還費を一般会計歳出から除けば、「ワニの口」は存在しない。2つ目は単年度の税収中立。10 年程度の税収中立を前提に、不況時には減税を実施するのがグローバルスタンダード。3つ目は景気を考慮しない「生のPB」の黒字化を財政健全化目標に採用していること。4つ目は裁量的歳出についても恒久的な支出には恒久的な財源が必要であるというペイアズユーゴー原則(将来世代への責任)を採用していること。
 PB に代わる新たな財政規律の指標として、国債費と投資的支出を PB 対象経費から除外し
た、「経常的 PB」を採用すべきである。投資的支出は将来のための投資であり国債で賄うことに
問題はない。


第 3 回:3 月 21 日 永濱利廣 第一生命経済研究所主席エコノミスト
「PB 黒字化に代わる新たな財政指標の検討」

 米国では財政政策の考え方が変わってきており、財政の役割が高まっている。この変化は、リ
ーマンショックを経て、長期停滞論(サマーズ)高圧経済、モダン・サプライサイド・エコノミクス(イエレン米財務長官)らがリードしてきた。
 更に、中国経済の台頭もあり、主要先進国は財政政策を伴うサプライサイド強化へと転換して
いる。バブル後サプライサイドが棄損された日本が反面教師。幸福度 51 位、人間開発度 21 位、
国際競争力 35 位に低迷している。
 サマーズは、予算均衝を目指すのではなく、利払い費を GDP 比 2%以下に抑えつつ、成長分
野に焦点を当てた財政政策を行うと提唱した。
 イエレンも、財政支出の余地の指針は、利払いと財政政策がもたらすリターンとした。
 ブランシャールは、成長率>国債金利の場合、債務残高/GDP は低下する。
人口増対策、子育て支援、生産性向上等、成長につながる投資を手控えるべきでないと提唱して
いる。
 ソブリンリスクは、日本は G7 二番目に低い。(良い方から二番目、これが世界標準の見方。)
 日本の税収は、インフレで上振れし、民間から政府への過度な所得移転となる可能性がある。
 最終目標は政府債務/GDP の発散防ぐこと。日本はインフレ率を高めることで財政の持続可能
性が高まる。デフレでは財政健全化しない。そこで、インフレ率を加味した PB を目標とすべき。試算では 18 兆円程度加えることになる。
 名目 GDP 成長率>長期金利の局面では、良い使い道の政府支出を手控えるべきではない。
国際標準。


第 4 回:3 月 27 日 若田部昌澄 早稲田大学政治経済学術院教授
「高圧経済と統合運用 デフレ完全脱却のためのマクロ経済戦略」

 日本経済は重大な転換点に立っている。転換に必要なのは「高圧経済」。アベノミクス以降は、
名目 GDP 成長率>長期金利の状況を概ね維持してきた。名目 GDP の増大は、政府債務残高
GDP 比)は下落し、政府部門の赤字も縮小し、財政は健全化している。変化の兆しはあるものの、総需要の低迷は企業の期待成長率を低下させ、投資を減退している。
 この状況に対して望まれる政策対応は、高圧経済を実践すること。すなわち「需要超過状態」を
続けること。財政政策による総需要の引き上げ。
 債務について重要なのは債務削減ではなく、債務の持続可能性である。公的債務が非常に悪いものを考えられているが、どのように債務を活用するかを考えよう。
 財政面には二つのアプローチがあり、債務を縮小する純枠財政と、マクロ経済の安定化を図る機能的財政があり、民間需要の大きさに応じて使い分けるのが正しい。
 穏やかに赤字を増やすことは長期的には債務水準を引き上げるのではなく、引き下げる可能性
がある。総債務残高対 GDP 比 250%の場合、PB4.5%の赤字でも債務残高対 GDP 比は変わら
ない。無理に債務対 GDP の削減を目指すと、経済が悪化し結局達成できない。この理由から、時
期を区切った PB 黒字化目標は望ましくない。

 

結語
1. デフレからの完全脱却を実現する一隅チャンス。
2. 必要なのは「高圧経済」と「統合運用」であり、需要超過の継続による供給力の強化財政と金
融、成長と分配の統合運用。


第 5 回:4 月 3 日 藤井聡 京都大学大学院工学研究科教授
「巨大災害の経済財政被害と国土強靱化の減災財政効果」

 巨大災害は一国の歴史を根底から変えてしまう。1755 年に発生したリスボン地震ポルトガルGDP 比 153%の被害額に達し、国力の衰退を促す要因となった。
 土木学会が 2024 年 3 月「国土強靭化定量脆弱性評価・報告書」を取りまとめた。首都直下
地震を例にとると資産被害は内閣府の公表で 47 兆円。そこから推計される経済被害は 954 兆円。さらに税収減 36 兆円と復興費と 353 兆円という財政被害が推計される。
 これに対し 21 兆円の事前防災投資を行うと、税収減少回避効果 14 兆円、復興費圧縮効果137 兆円となり、PB 赤字圧縮効果は合計 151 兆円が見込まれ、投入した事前事業費をはるかに上回る 8 倍程度の財政健全化効果が存在する。
 この様に、事前防災に投ずる事業費との比較で、高潮対策では、10~35 倍程度、洪水対策で
3~5 倍程度の財政効果が発揮される。
 しかし、これらの対策を現状予算で完了させるには、首都直下型地震では 55~104 年かかり、
10 年で完了するには 1.6 兆円/年の不足が判明した。道路事業では 55~65 年、港湾事業で約
100 年、海岸事業でも 35~55 年、治水事業では 70~100 年の期間が見込まれ、不足額は、道路
事業 1.1 兆円、港湾 0.6 兆円、海岸 0.22 兆円、治水 3.6 兆円と推計され、補正予算についても概
ね同様の不足が見込まれる。
 この様に、防災事業については、GDP の下落を防ぎ、財政被害を回避する。このため B/C の
B に考慮されるべき。
 地震が必ず起こると分かっている状況では、防災、減災対策が財政健全化に資する。効果的な
国土強靭化投資を行うべき!


第 6 回:4 月 10 日 佐伯啓思 京都大学名誉教授
「財政政策は手段であり、臨機応変にすべき。目的は経世済民。」

 アダム・スミスケインズも元々その時代のイギリスにとって相応しい経済政策を推奨していた。
産業革命で、イギリスが世界で最初に工業化した時代には、アダム・スミスは政府が規制するの
ではなく、市場の見えざる手によって経済をコントロールすべきと主張した。それがイギリスにとって有利だからである。一方で、アメリカが台頭し世界の覇権を握り出した時代には、市場原理主義ではなく、財政出動の必要性をケインズは訴えた。財政出動がその時代のイギリスには必要であったからである。それをグローバリズムと日本人は考えがちだが、その時代の自国にとって必要であり有利な政策を彼らは主張していたに過ぎない。財政政策は健全財政か積極財政かで、または
市場優先か政府優先かで議論すべきでない。その時代の国家の目標や目的のために必要な政
策を考えるべき。
 今の日本にとって必要な政策は、1 震災対策などのインフラ整備、2 少子化対策 3 経済も含めた安全保障対策 4 医療介護を始めとするエッセンシャルワーカー不足の解消などなど、民間だけでは実現不可能で、政府が自ら予算化しなければ解決できない問題が山積している。
 これらを解決するための予算の財源は、当面の間、国債発行で賄えば良い。マクロ経済がデフ
レからインフレになれば当然税収も増えるため、国債依存度は低下する。経済がさらに過熱しす
ぎる場合は増税もあり得る。財政政策は手段であり、目的は経世済民であることを肝に銘じるべき
だ。